Records

 Recordとは記録、記録したもの、書き留めることを意味します。その語源はre(再び)+cord(心)で、その複数形が本シリーズのタイトルです。東洋の伝統的な書画では、書くことと描くことは線による表現を主体とする共通性が見られます(書画同源)。点を痕跡の最小単位とすると、その移動や連続が線となり、その広がりが面となります。水墨画では対象物としての自然を写す中で、様々な点・線・形をあらわす筆法が生まれた歴史があります。Recordsのシリーズは点と線の連続と反復、痕跡の生み出す視覚現象がベースとなっています。

 本シリーズの特徴的な反復される点と線のリズムは、私の日常生活でよく目にする景色をあらためて眺め、観察することから着想しました。ドローイングしながら、紙の上で無数の点と線がさまざまな水分量によってとどまり、気化する様子を何度も繰り返し観察しました。それらひとつひとつは水と時間と微細な煤と膠の粒子のうつろいの痕跡で、同じものはひとつもありません。目の前の海の変移する光と波、時間と空間にも、この紙の上と同じような事が起こっているのではないかと感じました。水や大気の循環現象を物理的にとどめることはできませんが、絵画にはそれを異なるかたちで描きとめて表すことができる可能性があります。本作では痕跡の層を透けるように重ね、鑑賞行為の中で視覚的なゆらぎそのものを画面上に作り出すこと、うつすことを試みました。墨と紙のみのシンプルな材料ですが、それゆえに繊細な変化に気付きやすく、鑑賞する人の記憶や経験によって様々なイメージを投影するよう働きかけます。また、ケント紙と白麻紙では白色度の違いや質感の違いから墨色の透明感や明瞭さが異なって感じられます。さらに、いくつかの作品は鑑賞しているうちに鳥の姿が見えてきます。空白や影、残像のように現れるこれらの鳥は、筆で略画として描いたものと、アンリ・マチスの『オセアニア』という切り絵の作品にみられる鳥をモチーフに型紙をつくりあらわしました。つまりこの鳥は複数の意味で実在しない絵の中の架空の鳥であり、存在と不在を同時に感じさせることで時間を想起させる役割を持っています。