Departures

 

2021年の個展「あいまに海を眺めている」に向けて、スタジオである旧国立移民収容所についてリサーチしていた際に、ある小説を読みました。第一回芥川賞受賞作:石川達三「蒼氓」は国立移民収容所時代の出航まで数日間を描いた作品です。かつてブラジルへ移民する人たちが日本での最後の時間をこの建物で過ごしました。小説のクライマックスでいよいよ日本を離れ
る出航の場面があります。また神戸の写真アーカイブには移民船の出航の写真がいくつかあります。ある種の熱狂と歓喜、別れの哀しさが入り混じった時間。やがて溶けて海に消えてゆく紙テープを含めて、美しさと儚さを感じます。
紙テープを描いた色彩の線は染料インクで時間と共に少しずつ淡くなり消えてゆきます。銀色やグレイの色彩で水面のゆらぎのように感じられる不定形のかたちは、型紙によるマスキングの隙間のかたちであらわしました。角度によって反射して図と地の関係が視覚的にゆらぎます。また、経年変化によって紙テープの色彩が画面上のバランスが徐々に変化してゆきます。命は死に向かって確実に時間を刻みます。Departuresは出発、出航を意味しますが、本作も制作時から確実に変化してゆく宿命を持っています。それをまた見守りながら美しさや儚さについて思い馳せたいという気持ちから、この作品を描きました。