中国で生まれた山水画は水墨画の発展と共に9世紀に確立する。日本には13世紀の鎌倉時代に禅宗文化と共に招来される。日本における水墨画は鎌倉時代に始まり、室町時代になって日本独自の水墨画、山水画が展開するとされている。その室町時代の山水画様式を作り上げたのが雪舟の師である周文である。周文の確立した山水画様式は絵と絵を組み合わせて新たな絵をつくることが特徴である。その虚構性に由来するためか、どこか継ぎ合せた風景のような印象がある。しかし、この「継いだ感じ」こそが周文らしい山水画と言える。そこでこのような手法による山水画を「継ぎ山水」とあらたに名付けた。
継ぎ山水はこの周文様式の山水画*を日本的山水画の方法論とし、様々な絵画をパーツとして分解し、再構成してつくる虚構の山水画である。違和感がありながら、なんとなく繋がって全体を構成しているという世界観。虚実の入り混じる継ぎ山水の世界は現代の世界にどこか似ているのではないだろうか?
*周文様山水画
周文は室町時代中期の禅僧画家。相国寺で如拙に画を学び、足利将軍の御用絵師となる。雪舟の師であり、室町時代の山水画様式の典型を作り上げた。周文自身が実際に描いたという作品は特定できず、画風の実態については不明である。後に周文様式と呼ばれた画風は、縦長の構図を用いた高遠の強調、中国南宋時代の宮廷画家である馬遠や夏珪に倣った対角線構図の多用、力強い描線、等が挙げられる。また、実景の写生ではなく、記憶の中の景観や宋元画など先行作品の諸要素を抽出し再構成した、絵から絵を作る方法である。完全に虚構であるが、中国画を元にしながらどの中国画にも似ていないスタイルの確立に周文の独自性がある。
Relation
本作品のテーマは「日本の山水画」。山水画は中国の唐時代に発展し、水墨画とともに東洋を代表する芸術である。本作品でも仏画の制作と同様に古典絵画の技法や方法論を現代の視点から見直し、模写を積極的に取り入れている。室町時代に日本の山水画様式を確立したとされる周文の方法論をもとに制作することで、日本の山水というテーマに取り組んだ。
このシリーズの中でも「Relation」はその特徴をよく表している。まず、本作品は室町時代から近代までの様々な時代の日本絵画のオールドマスターの作品のモチーフが模写され、その模写が作品の主な構成を占めている。次に、それらのモチーフが空間的秩序としては破綻をしながらも、大気や水の流れに溶け込むことによって不思議に繋がっている。これは絵巻などに見られる雲や霞、大気や水による場面転換の手法を取り入れている。また、空間構成に参詣曼荼羅などにみられる、縦方向に展開する階段式の手法を取り入れている。そのため、西洋の空気遠近法的な奥行きはなく、空間が平面のレイヤーのような重なりかたをしている。さらに、画面下から上に向かって、海から人間の住む空間、山から仙境、空から宇宙へと空間が変化し、同一画面上で四季がうつろい、時間軸と空間軸が多重に展開している。くわえて、本作品では添景人物も、海士、旅人、遊行僧、登山家など、境界をこえて移動したり旅をするものや、寒山拾得や布袋、五百羅漢などがみられ、聖と俗が共存している世界をあらわしている。
最後に、本作品は空間の不自然な繋がりから、鑑賞者に微妙な違和感や不安定さを感じさせるだろう。しかし、私はこの「科学的には不完全で未消化な空間構造」こそ日本的なものと感じている。本作品にあらわされる「曖昧だからこそ何となく繋がれる世界」は、『ゆく川の流れの様にひとつとして同じことはない』という言葉にあるような、「うつろい」や「はかなさ」といった変化の中に本質を見る日本的美学や自然観にも通じていると考えている。本作品では古典から現代にも通じる日本的自然観や方法に基づく絵画を試みている。
継ぎ山水